東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)177号 判決
(争いのない事実)
一 原告の請求原因ない一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがなく、引用発明の要旨が本件審決の認定するとおりであることも、原告の争わないところである。
(本件審決の違法事由の有無)
二 原告は、その指摘する点において、本件審決は判断を誤つた違法があると主張するけれども、その主張の採用できないことは、以下説明するとおりである。
(原告の主張四の(一)について)
(一)原告は、本願発明は物の発明であり、引用発明は方法の発明であるから、両者は、技術内容を問うまでもなく、形式上別異の発明である旨主張するけれども、物の発明とその製作方法の発明とが技術思想として同一である場合には、両者は、単に技術思想の表現方法を異にするにとどまり、これを同一の発明というべきことは当然であるから、原告の主張はそれ自体失当である(なお、本願発明と引用発明とが、本件審決の説示するとおり、その技術思想において同一であることは、以下に説明するとおりである。)。
(原告の主張四の(二)について)
(二)引用発明の要旨が審決認定のとおりであることについては、当事者間に争いがなく、
これに、成立に争いのない甲第八号証(引用発明の特許公報)をあわせ考えれば、引用発明は、公知のエツチング法による印刷配線において、エツチング後、回路配線上に残存する保護ラッカーを除去し,洗滌、乾燥の後配線板全体にハンダ付けのためのペーストを施す工程を省略する目的をもって、その保護ラッカーとして、非揮発性成分の全部または大部分を固体ペーストにて構成したものを使用することを特徴とするプリント配線の製作方法であつて、この発明の基本的実施態様としては、エツチング前に回路の配線部分をすべてペースト性ラツカーでプリントし、したがつて、エツチング後浸潰ハンダ付けの場合、配線板全体でなく右配線部分のみがペーストで覆われているようにするのであるが、さらに、ハンダ錫を節約するための実施態様として、配線部分のうち、のちにハンダ付けを行なうべき部分にのみペースト性ラツカーを用い、残余の部分はハンダペーストとして役に立たない耐熱性ラッカーを用いて配線をプリントし、したがつて、浸潰ハンダ付けの場合、ハンダ錫は回路のハンダ付けを行なう部分にのみ附着するようにすることも可能である。すなわち、引用発明は、「回路を、金属化絶縁物質の金属層(薄膜)上に、次いで行なうべき不要金属面を腐蝕により除去するさい、回路の配線部分を腐蝕剤の腐蝕から防止するところの保護ラツカーにてプリントし、かつ腐蝕後回路素子をハンダ付けによりプリント回路に接続する公知の電気回路のプリント配線の製作方法において、前記保護ラツカーとしてその非揮発性成分の全部または大部分を固体ペーストにて作れるものを使用することを特徴とするプリント配線の製作方法」であると解すべきであつて、原告主張のように、ペースト性ラツカーと耐熱性ラツカーの二種類の保護ラツカーを、ハンダ付けすべき回路部分と残余の回路部分とにわけて用いることを要件とするものではない。したがつて、この点に関して本願発明と引用発明との相違をいう原告の主張は採用できない。
(原告の主張四の(三)について)
(三)引用発明における保護ラツカーは、「非揮発性成分の全部または大部分を固体ペースにて作る」ということのほかには、その成分についてなんら限定がないことは、前記争いのない引用発明の要旨ならびに前掲甲第八号証により明らかである(発明の要旨とするところが、明細書に実施例として記載されたもののみに限定されるものでないことは、いうまでもない。)。のみならず、右甲第八号証により認められる引用発明の優先権主張日である昭和三〇年一一月当時の技術水準として、重合ロジン(それは、天然樹脂を重縮合した高分子化合物の一種である。)は、ロジンより融点が高く、接着剤、印刷インク、塗料、防水剤、電気絶縁材料等の製造に用いられ、ハンダ付けにさいし鑞着効力を有するものであつて、フラツクス作用およびエツチングにおける耐腐蝕作用を有する物質として周知のものであつたことは、成立に争いのない乙第二号証および乙第六号証の一ないし三によつてこれを認めることができ、したがつて、本願発明の印刷配線インクについて、原告主張の訂正案のような限定を加えたとしても、訂正後の印刷配線インクが、引用発明におけるフラツクス作用と耐腐蝕作用を有する保護ラツカーとして当業者に周知のものを包含する以上、両者の印刷配線インクに原告主張のような差異はないというほかはない。したがつて、両者の印刷配線インクに原告主張のような作用効果上の差異もないことは当然であり、これらの差異のあることを前提とする原告の主張は、結局理由のないものである。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消しを求める原告の請求は、理由がないからこれを棄却する。
本願発明の要旨
配線基板上に一面に形成した導電性物質の面上にパターン状に耐腐蝕作用およびフラツクス作用を有する印刷配線インクを被着し、該印刷配線インクの被着されていない部分の導電性物質を腐蝕して形成したことを特徴とする印刷配線板。
本件審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりのものと認められ、これに対して、本願の先願発明である特許第二四五、九一四号発明(以下「引用発明」という。)の明細書には、「電気回路のプリント配線において、回路を金属化絶縁物質の金属層(薄膜)上に、次いで行なうべき不要金属面を腐蝕により除去するさい回路の配線部分を腐蝕剤の腐蝕から防止するところの保護ラツカーにてプリントし、また、腐蝕後回路素子をハンダ付けによりプリント回路に接続する場合に、前記保護ラツカーとしてその非揮発性成分の全部または大部分を固体ペースにて作れるものを使用することを特徴とするプリント配線の製作方法」について記載されている。
そこで、本願発明と引用発明とを比較すると、前者は印刷配線板の発明であり、後者は電気回路のプリント配線の製作方法の発明である点で両者は相違するが、引用発明における固体ペーストで作つた保護ラツカーは、明細書の記載からみて、耐腐蝕性およびフラツクス使用を有する印刷配線用の保護ラツカーを指称することは明らかであるから、前記保護ラツカーと本願発明の印刷配線インクとは同一のものと認められ、それ故に、両発明の思想は、ともに、印刷配線板の回路素子のハンダ付けにさいして印刷配線インクを除去する工程を省略する目的で、(1)配線基板上に一面に導電性物質面を形成し、(2)耐腐蝕作用およびフラツクス作用を有する印刷配線インクをパターン状に被着し、(3)該印刷配線インクの被着されていない部分の導電性物質を腐蝕する、という要素から成り立つている点で両者はまつたく一致しており、ただ、引用発明は、プリント配線の製作方法であるため、腐蝕後のプリント回路に回路素子をハンダ付けすることまで記載しているが、これは、本願発明の配線板の使用形態までも記載したにすぎないから、この点に技術上の差異は認められない。してみると、たとえ形式上本願発明は物の発明であり、引用発明は方法の発明であつても、それは、単に表現形式の相違にすぎず、両者は、発明思想において本質的に異なるところはないから、別異の発明であるとは認められず、本願発明は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第八条の規定により、特許することはできない。
なお、抗告審判請求人は、本願発明において使用する耐腐蝕作用およびフラツクス作用を有する印刷配線インクを合成樹脂あるいは天然樹脂を重縮合された高分子化合物よりなるものに限定する明細書の訂正案を示しているが、引用発明は、保護ラツカーを特定成分のものに限定せず、周知の耐腐蝕作用およびフラツクス作用を有する保護ラツカーを包含するものであることは、明細書の記載から明らかであり、本願発明における前記成分は、フラツクス成分ならびに耐腐蝕性インク成分として周知のものであつて、前記限定によつて本願発明が格別顕著な効果を奏するものとは認められないので、そのように限定しても上記の見解を変更せしめるものではないから、訂正の必要は認められない。